S54年(1979年)卒のOB短信

早いもので、大工大を卒業して48年目となり来年の誕生日で古希を迎えます。多くの方々のお父さんや祖父の歳になったと思うと、年月の流れを実感する今日この頃です。

 常翔学園校友会に記載した私の自己紹介をご覧頂いた電子クラブの前会長さんからご依頼を頂き、寄稿させて頂くこととなりました。自己紹介文をそのままでもいいので、との言葉を頂きましたが、いざ筆を進めると学生時代からの様々な事柄が走馬灯のように蘇えり、なかなかまとまりません。徒然なるままに5つのテーマで書いてみることにしました。私の経験談をOB短信としてご紹介させて頂きます。

先ずは、【要約】を示しますので、関心のある部分だけでも読んで頂ければ幸いです。感想やご意見をお聞かせ頂けるようでしたら、末尾に示すメルアドへお寄せください。

新たな出会いをお待ちしております。

【要約】

●1.サイクリング同好会(後に体育系クラブ所属の部となりました)との出会い

大学生活の四分の一は、自転車のサドルの上で過ごし、心身共に人生の肥やしに!

●2.『自分が興味を持ち好きなことをやれ!』という言葉に共感

ものを創ることが大好きで、勉強と感じなかった “物理” (ものの理) との出会い
・第1種ME技術者 認定試験合格 ・国立大学での10年間に渡る非常勤講師

・専門学校で国会資格である臨床工学士向けの講師 ・複数の学会での講演 

●3.指導教官に勧められた企業への入社、そして東京へ

入社3年後に企業内企業へ (当時は週刊誌を賑わした流行語となりました。)

“江戸時代に自動車を売るようなもの!?”

これはプロジェクトXだ!(最大手の製薬会社でのシステム導入とプログラム開発)

京大で出会った海外からのレジデントの言葉 “ You are a magician ! ”

 プログラミング言語はコンピューターへの通訳であり翻訳だ。

●4.大企業の子会社で働いたサラリーマン生活から、リストラに遭遇し独立へ

学系単科大学卒での社長就任数がトップクラスの大工大、その一人に成りました。

経営者(独立するってどういうこと?)

いろんな立場で世の中を見ることができました。

良くも悪くも、何があるか分からないのが人生!?

・海外へのシステムの輸出 ・TV番組出演 

●5.後任者育成のための引継ぎと退任、そして新しい事業へ

 万博ボランティア活動を利用した引き継作戦へ

息子が営むボードゲーム&レンタルフリースペースでの新事業へ

多くの人が集える場所を提供して行きたい。

【本文】

●1.サイクリング同好会(後に体育系クラブ)との出会い

 大学時代ではサイクリング同好会に入会し、週末と連休には近隣にポタリング。夏休みには、北海道・東北・信州へ、春休みには、伊豆半島~西関東・広島~九州・四国へと、各地の林道や峠を巡りました。年間の3カ月間はサドルの上で過ごし、卒業時点では地図なしで全国何処へでも行けるようになっていました。

毎年の淀祭の時期には、部室前を起点と終点とて450kmを走る耐久レースに参加し、24時間のあいだ寝ずに走り、おにぎりが切れると車のガス欠の様に走れなくなる経験もしました。

当時の同好会は西日本大学サイクリング連盟に加盟しており、愛媛大、岡山大、徳島大、大阪大、立命館大、和歌山大など各大学が主管したラリーにも参加し、合宿を通じて多く友人に出会えることができました。女子大学生からのラブレターも淡い思い出となりました。

又、大工大のサイクリング部では、轟輪(ごうりん)会と称するOB会があり、還暦を過ぎた今でも幅広い年代の仲間と共に年5回は走ったり飲んだりと、活発な交流が続いています。

自転車によって鍛えられた脚力とこれらの多くの人脈は、私の人生の肥やしとなっています。

●2.『自分が興味を持ち好きなことをやれ!』という言葉に共感

私は高校物理と数学が好きで、大工大に入学できました。

特に物理は、私にとって勉強の対象ではなく、f=ma:運動の法則や、mgh:位置エネルギー、mv²/2:運動エネルギーなどは、自転車に乗っていると体で感じられる自然の法則であり、“よく気付いて整理したな!”、“面白い!” という感覚でした。数学ではフーリエさんの考えた変換技術も、掛け算と足し算だけで波形の似具合が分かりスペクトル解析ができることも、“理に適っている!” 、“よく見つけたな!” と感心しました。

昔から単に暗記する勉強は苦手でしたが、工夫をしてものをつくる(創る/作る/造る)ことが大好きでした。暗記ではなく、“ものの理(ストーリー)” を感じることで自然と覚えてしまえた物理と数学も大好きでした。これら2つの大好きが私の人生を導いてくれました。

30歳代に日本生体医工学会が認定する第1種ME技術者に合格し、複数の学会で “生体電気現象の測定ノウハウ” に関する講演をさせて頂き、晩年には旧帝大でもある九州大学にて生体情報処理演習の非常勤講師を10年間務め、国家資格である臨床工学士に成るための専門学校の講師も務めることができました。一工大生が旧帝大の国立大学や専門学校で講師を務めるなんて想像もできませんでしたが、人生、何があるか分かりません。

『自分が興味を持ち好きなことをや!』という言葉に共感しています。

●3.指導教官に勧められた企業への入社、そして東京へ

大学時代の卒業研究では、波形認識とスペクトラム解析による音声認識研究を通じて勉強をさせて頂き、卒業後は指導教官に勧められた大手電気メーカーの子会社である医療計測機器メーカーに入社して22年間を過ごしました。

当初は東京に赴任したものの、直ぐにセールスエンジニアと称して大阪へUターンすることになりました。3年目にはコンピューターメーカへ転職の誘いもありましたが、結果的には留まることになり、この3年間は扱っている全ての医療計測機器を知り、ユーザーを知り、販売の仕組みも知れ、修行の期間となりました。又、現地でエンドユーザーと直接会い、ニーズを知ったことは、後の仕事の肥やしとなる貴重な経験となりました。

その頃、開発部門では初のプログラミングができる計測用コンピューター(以降:シグナルプロセッサーと示す)の開発が進み、発売されようとしていました。8ビットCPUが出回ろうとしていた時期に、マイクロプログラミング方式を採用し、ビットスライサで構成された可変構造CPU(16bit/32bit)を有し、アナログ信号の計測用にサンプリングクロック1μS、32ch対応のAD変換機能と、標準512Kbyte(オプション:4Mbyte)のメインメモリを装備したオリジナル製品でした。専門用語で分かり難いと思いますが、今でも通用するスペックで、当時(1980年)なら化け物のようなマシンが¥880万円で発売されたのでした。

ここからは、プロジェクトX風に示していきます。

このスペックは、後にNASAから小型化をしてラップトップ型に出来るなら欲しいと言われた程のスペックだった。

パソコンも未だ普及していなかった時代、プログラムができる者は社内には少なく、当時の管理部門と営業部門では皆無だった。

コンピューターを理解し販売する体制がないまま、シグナルプロセッサーが発売されていた。

これは車に関する知識も常識もないまま “江戸時代に自動車を売るようなもの” だった。

『時速100㎞で走れる。ということは、大阪から東京まで6時間で行ける!?』

しかし、江戸時代には自動車が通行できる橋もトンネルも高速道路もなかった。

ソフトウエアのことを眼中にないまま、言葉が独り歩きしていた。

『行けます。(出来ます)』

お客様が発注し、会社は受注した。そして、シグナルプロセッサーが納品された。

最低限のOSだけで、必要な各種のソフトウエアは未だ揃っていなかった。

『出来ない!』

大問題となった。

責任者が再三に渡りユーザーへ訪問して詫びるが、いつまで経っても解決の目処さえ立たなかった。

入社3年の新人が言った。

『お客様が要望されるプログラムのサンプルを作ればいいだけでは?』

大問題の渦中に、誰もこのシンプルな解決策を口にする者はいなかった。

開発者の製品コンセプトに、医学の研究分野でやりたいことを3時間や3日間で実現できる生体信号処理用プロセッサを作りたい。という基本思想があった。

新人は、念のため具申する前に開発責任者に尋ねた。

『このシグナルプロセッサーで、出来ますよね!?』

開発責任者は言った。

『止めとけ!』

関係者からの開発者への無知で不条理な責めと、新人を巻き込みたくないという開発者の思いが伝わってきた。「出来ない」とは言わなかった。

新人は、この言葉で確信した。出来るということを!

営業部門である大阪支店に、アプリケーションプログラムを開発する部署が新設された。

相談する上司も先輩もいない、お客様と向き合い試行錯誤をしていくしかない。

正に"企業内企業"の立ち上げとなった。

3日間の開発期間を設け、新人と同世代の2人が昼夜を問わずプログラムを創り続けた。

お客さんの要望されていたプログラムが出来た。

“動物の瞬時心拍、血圧、血流などを計測しリアルタイムで解析してトレンドグラフを表示する。” というものだった。従来は記録紙から読み取っていたが、その場で自動的に読み取り記録されていく、かなりの省力化とスピードアップが図れる。と、同時に読み取りミスもなくなるものだ。今ならAIだと言われるかもしれない。

そして、お客さんの研究所にこのプログラムを届けて実行して見せた。

数十ページに及ぶプログラムリストは、納品した1週間後には全て解読され理解されていた。

大手製薬メーカーの備品購入の責任者でもある開発部長は涙を流して喜んだ。

『欲しかったものはこれだ!』

お客さんからの力強く、温かい、新人への感謝の握手とその温もりは、今でも私の心の中で消えることはない。

ある時、京大の麻酔科でシグナルプロセッサーの実演デモを行った。

要求に従ったプログラムをその場で入力した。

3時間で出来た。

担当した海外からのレジデントは、“ You are a magician ! ” と叫んだ。

お客さんの要求を信号処理用の専用プログラミング言語を使って翻訳して、シグナルプロセッサーに伝えただけだった。

プログラミングは、プログラム言語を利用したコンピューターへの通訳であり翻訳だ。

双方の文化や言葉の背景を知らないと、通訳や翻訳は上手くできない。

プログラミングは理系だけでなく、文系と言えると感じた。

その後も、シグナルプロセッサーの研究用システムは、売り上げを伸ばし続けた。

社内で表彰され、ドイツのデュッセルドルフで開催される国際医療機器展示会へ招待された。ケルンの大聖堂には圧倒された。初めてのヨーロッパだった。

●4.大企業の子会社で働いたサラリーマン生活から、リストラに遭遇し独立へ

その後、医療機器事業からの撤退に伴い子会社の営業部門は米国のGEグループに移管されました。リストラでした。そして、事業内容が大きく変わったため独立の道を進むことになりました。最初の半年間ぐらいは、不安でいっぱいでした。その時、救ってくれたのは息子と妻でした。病院の門を叩いていたら、鬱病の診断履歴が残されていたことでしょう。

継続は力でした。起業したことに慣れ、そして不安は解消していきました。時間が解決してくれました。そして、独立後26年目を迎えています。

西日本の工学系単科大学で、我が母校は一番多くの社長を輩出していることを帝国バンクのデータで知り、その一人になったことを知りました。

大工大生が多くの社長となる理由が、なんとなく分かった気がします。

経営とは? 答えは一つでなく、私には答えるだけの経験はまだまだ足りません。

商売においては、『金を追うな!追えば逃げる!』、『ヘビの様クネクネと進め』、『問題は気付かなければ問題ではない』、『儲けるとは、字の如く信者をもつこと』、『意識は行動を生み、 行動は習慣となり、習慣は人格を作り、人格は人生(運命)を生み出す。』などの言葉は、身に付きました。その通りだと、

サラリーマンなら会社や上司や同僚、部下の悪口を言っても直ぐに給与がなくなるわけではありませんが、経営者となると他律要因ばかりを言い、立ち止まっているとあっという間に収入がなくなります。良くも悪くもダイナミックに自分に帰ってきます。

独立後も生体信号の計測から解析を行い、信号処理や各種制御を行うソフトとハードから構成されるシステムを製造・開発し、大学や官公庁、企業における人間工学、心理学、医学、体育学分野の研究室(所)をお客様として、科学研究に関わる事業を続けることができました。

この頃には、880万円もするハードウエアは不要となり、パソコンで対応ができる時代となっていました。高価なハードウエアを使用することなく、生体信号処理の文化とソフトウエアを移管することだけで対応することができました。専門知識と職人芸が必要とされ、大手企業では対応できない特注対応の狭い市場でした。

脳波や筋電図などの生体信号のみならず、各種物理現象の計測処理も行い、PICやFPGAなどを利用した特注デバイスも製造販売をしてゆき、リアルタイム制御やフィードバックなどにも対応するようになっていきました。

生理心理学分野で利用されている「隠匿情報検査」(いわゆる嘘発見器)の研究用システムも扱っており、“科捜研の女” には、複数回に渡り弊社の製品とデーが出演しました。

“刑事ゆがみ”、“フジTV特番” などでも弊社の製品とデータが出演し、“でんじろうのTHE実験” では、製品と共に私自身も白衣を渡され出演することになりました。

昨年には、インターネットTVの恋愛リアリティショーという番組制作で、2週間にわたるロケに立ち会うこともありました。

いずれも、今までの実績と口コミによるものでした。

●5.後任者育成のための引継ぎと退任、新しい事業へ

 会社に在席しているとついつい私が対応してしまい後任者が育ちません。老害をなくすべく相談役となりバックアップすることにしました。そんな時、2024年の春に万博のボランティアの募集を知り応募しました。私の在席時間を確実にそして、徐々に削減しようという作戦でした。運よく会場ボランティアとまちボランティア両方に採用され、会場と大阪の主要ターミナルで50回の案内活動を行うことができました。ミャクミャクの折り紙もたくさん作り、作り方教室も開催しました。その結果、自然な流れで2025年12月に会社役員を退任し、後継者に引き継ぐことができました。

 数年前より地下鉄『千林大宮』4番出口より徒歩40秒の場所で、サブビジネスとしてボードゲーム&フリースペース 遊季(Yu-ki)を始めていました。息子が店主で私がサポートする形です。RC4階建で個室を売りとしたスペースとなっておりおよそ500種のボードゲームで遊んで頂けます。又、フリースペースとして、会合や各種セミナー、ワークスペースとしてのご利用にも最適です。

皆様方のビジネスや同窓会の2次会で安価にご利用頂けるスペースです。懐かしい千林大宮界隈での同窓会はいかがですか? 飲食物の出前や持ち込みも自由ですので、ご利用の際は、私までご連絡ください。

詳しくは、“千林大宮 遊季” で検索してください。

ボードゲーム&フリースペース 遊季(ユウキ) 

 HP ⇒  https://bodoge.hoobby.net/spaces/senbayashi_yuki

又、嘘発見器だけでなく、脳波や筋電図、自律神経解析の体験セミナーを大阪市生涯学習インストラクターバンクに登録して開催しています。“大阪市生涯学習インストラクターバンク 金子秀樹” でWeb検索して頂くと概要がご覧いただけます。グループでお申込みいただけますので、大阪市生涯学習センター(06-6345-5000)まで、お問い合わせください。

家庭用の嘘発見器が欲しい方も歓迎します! 製品の性格から一般販売はされていませんが、卒業生の皆様へは分析ノウハウの説明を含めて対応させて頂きます。

生体信号を活用したシステムを検討されている方、衣食住に係る快適性などを研究対象とされている方、リアルタイム処理を行うデバイスのアウトソーシングを検討されている方、そして、独立を目指されている方にも役立つ経験談をお伝え出来ると思います。

今までの私共の経験や知識が、お役に立てれば嬉しい限りです。

間もなく古稀となりますが、気持ちと脚だけは若いと自負していますので、気楽に声をかけてください。私のメルアドは、kaneko (アンダーバー) hideki @msn.com です。

ご連絡をお待ちしています。

金城先生からの母校探訪

 今回の「母校探訪」を担当いたします、金城です。電子情報システム工学科には2023年度に着任し、3年目となります。2024年度・2025年度には電子クラブの会計および庶務も務めました。また、2024年度からは株式会社paizaと電子クラブの共催で、夏休み期間中の「paiza×OITプログラミングチャレンジ」を企画・実行させていただいています。電子クラブからも少なくない賞金をご拠出いただいており、改めて感謝申し上げます。

 授業は、電気回路やプログラミング、大学院のソフトウェア特論などを担当しております。学生を見ていて感じるのは、工学部生としての日本語能力が十分でないということです。ここで日本語能力とは一般生活で用いる日本語ではなく、工学分野で必要とされる日本語のことです。例えば4年生でも「電圧が流れる」などと書いてしまうことがあります。そのため授業では、教科書の問題を解く際に問題文をノートに写すなど、当該分野の言葉を理解して使えるようになることを重視しています。

 金城研では、AI・機械学習と物理シミュレーションを組み合わせた研究を行っております。例えば、X線レーザー生成のための高温超伝導デバイスの最適化や、松野先生(電子情報システム工学科)をPMとするムーンショット研究開発事業の一環である「月面探査用モジュラーロボット」に関する物理変形AIの開発に取り組んでいます。電子・情報・通信・システムの四分野を学んだ学生が、強みを活かせる題材です。おかげさまでこの3年間は毎年2000万円の予算を確保でき、研究室の立ち上げも進んできています。今年度は初めて博士前期課程の学生が修了予定です。

 金城研では、積極的にさまざまなことに参加する姿勢を重視しています。海外経験もその一つで、2025年度はドイツ、スイス、ポルトガル、米国、ニュージーランドを訪問しました。学生は機械翻訳も活用しながら英語資料を準備し、身振り手振りやスマホも使って意見交換を行っています。うまく話せるかどうかより、「まずやってみる」「できなかった」ことの経験値が大きいと感じています。

 さらに今年は、万博の展示にも協力させていただきました。約50年ぶりの大阪・関西万博ということで、「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損」という言葉もありますが、関西の大学の研究室として参加しないわけにはいきません。学生たちにとっても、一生の話のネタになったのではないでしょうか。

川上先生からの母校探訪

       今回「母校探訪」を担当いたします,川上です.2022年に着任し,
2022年度と2023年度には電子クラブの庶務も務めました.

 私の専門は環境電磁工学およびマイクロ波工学で,広くは通信工
学に分類されます.主な研究対象は数百 MHz 〜 数 GHz の周波数帯で,
通信機器や電子機器の設計手法の構築,電波検知,電波を用いた水位
計測などの応用技術をテーマとしています.現在は「電気磁気学」や
「ワイヤレス通信工学」などの科目を担当しております.

 OB・OGの皆様はご存じかと思いますが,電界や磁界は目に見えない
ため,初学者がそのイメージをつかむのは容易ではありません.しか
し,目に見えないからこそ,ひとたび理解できれば考えやすく,産業
利用においても利便性が高い面があります.私自身,学生時代は電気
磁気学に苦労し,理解するまで時間を要しました.その経験から,単
に解法を暗記させるのではなく,学生が自分の頭で考え,電界や磁界
のイメージをつかめるような指導を心がけています.

 電子情報システム工学科では,2023年度入学生から「研究推進
クラス」を設置しています.私は2024年度入学生のクラスを担当して
います.「研究推進クラス」について簡単に説明しますと,入学試験の
成績により選抜した少人数で構成し,学士課程から博士前期課程までの
6年間の学びを通じて,国際的に活躍できる専門的人材を養成するクラ
スです.クラス全員に専用の部屋とロッカーが使え,3年次の研究室早
期配属,4年次には大学院配当科目の授業を先取りできるため,大学院で
はゆとりをもって研究活動に取り組むことができます.「研究推進クラ
ス」は制度開始から今年で3年目となり,私が担当するクラスは現在2年
生です.クラスを運用していく中で,まだまだ課題を出てくるかと思い
ますが,引き続き改善に努めてまいります.

 一方で,近年は採用直結型インターンシップの解禁や就職活動の早期
化により,学部生が早い段階から進路を考える必要性が高まっています.
私自身,かつてメーカーに勤務し,採用される立場・採用する立場の双
方を経験しました.その経験を踏まえ,低学年のうちから進路について
考える機会を増やすことが重要だと感じています.

 まとまりのない文章となりましたが,以上を母校探訪とさせていた
だきます.OB・OGの皆様には,今後とも変わらぬご支援・ご協力を賜
りますようお願い申し上げます.

電子情報システム工学科 川上雅士

H18年 (2006年)卒のOB短信

2024年度 学生プロジェクトの活躍を讃えて

皆さま、こんにちは。
私は近藤と申します。2006年電子情報通信工学科を卒業し、同年4月にヴイストン株式会社へ入社しました。その後、2008年8月より大阪工業大学ものづくりセンターに勤務し、教育・研究支援の現場に携わってまいりました。
さらに、2016年3月には大阪工業大学大学院工学研究科 電気電子工学専攻 修士課程を修了し、同年9月には 株式会社シンプルファイターを立ち上げ、筆頭株主として学生団体やロボットコンテストへの支援活動も続けております。

こうして母校や学生たちと関わり続けられることは、私にとって大きな喜びであり、日々の励みになっています。
そして昨年度は、各プロジェクトで胸が熱くなるような活躍が続きました。ここでは、その挑戦と成果の一端をご紹介したいと思います。


機械工学研究部 ― キャチロボバトルコンテスト2024
京都で開催された「キャチロボバトルコンテスト」において、ベスト4入賞を果たしました。
「機械は人間の手を超えられるか」をテーマに、ロボットが対象物をつかみ取る高度な競技。部員たちは日々の工夫を重ね、見事に実力を示しました。試合の様子はテレビでも放映され、学生たちの真剣な姿が多くの人々に届きました。
👉 詳細:https://www.oit.ac.jp/news/topics/topics10561.html

Please do not reproduce without prior permission.

ロボットプロジェクト ― NHK学生ロボコン2024
今年もNHK学生ロボコンに挑戦し、奨励賞を受賞しました。
AIとUnityを用いたカラー認識、自立走行ロボットへの挑戦は惜しくも目標に届きませんでしたが、学生たちは「悔しさ」をバネに次へと進もうとしています。努力が必ず力になることを、私たちOBは経験から知っています。
👉 詳細:https://www.oit.ac.jp/news/topics/topics10106.html


人力飛行機プロジェクト ― 鳥人間コンテスト2024
琵琶湖の空を舞台に行われた鳥人間コンテストで、5位入賞(飛距離7,761.80m)を達成しました。
仲間と共に夜を徹して機体を作り上げた経験は、数字以上の大きな価値を持つはずです。青空をバックに飛び立つ姿は、まさに青春そのものです。
👉 詳細:https://www.oit.ac.jp/news/topics/topics10310.html

Please do not reproduce without prior permission.

機械工学科のシステムデザイン研究室・知能ロボティクス研究室 ― レスキューロボットコンテスト2024
合同チーム「S.S.S.S」が、竸基弘賞ベストチームワーク賞を受賞しました。
災害現場を想定した競技において、技術力だけでなく息の合った連携が高く評価されたことは、今後の研究活動にも大きな励みになるでしょう。
👉 詳細:https://www.oit.ac.jp/news/topics/topics10651.html


ロボットプロジェクト ― レスキューロボットコンテスト2024
同じレスコンの舞台で、ロボットプロジェクト「大工大エンジュニア」チームが、**消防庁長官賞ベストプレゼンテーション賞をダブル受賞しました。
技術力だけでなく「伝える力」までも磨き上げた成果であり、学生たちの成長の幅広さを実感させられます。
👉 詳細:https://www.oit.ac.jp/news/topics/topics10265.html


ソーラーカープロジェクト ― 白浜ECO-CARチャレンジ2024
和歌山県白浜町で行われた耐久レースにおいて、レジェンド・クラス3位(総合4位)に輝きました。
途中でトラブルもあったそうですが、冷静な対応とチームワークで完走。太陽の力を活かした走りは、「未来を切り拓くエネルギー」を象徴しているようでした。
👉 詳細:https://www.oit.ac.jp/news/topics/topics10422.html


おわりに
こうして見てみると、学生たちはそれぞれのフィールドで力を発揮し、結果だけでなく大切な経験を積み重ねています。
私たちOBもかつては同じ場所で汗を流し、壁にぶつかり、仲間と喜びを分かち合いました。その日々が今の自分を形づくっていることを思うと、彼らの挑戦が未来への大きな糧になると確信します。

どうかこれからも、後輩たちの活動を温かく見守り、応援していただければ幸いです。

安國先生からの母校探訪

OBの皆様初めまして,2022年に着任いたしました安國です.本年度から電子クラブの庶務も担当しております.

私の専門は分光学・光工学で,D科では電子・情報・通信・システムの4分野の中で電子分野に属してはおりますが,D科の学生にとってはあまり馴染みがない学問分野かと思います.もちろんD科にはレーザー工学や光エレクトロニクスなどの講義もあり,光技術は電子産業を支える重要な技術です.ただ分光学となると化学の要素が強く,どのように学生の興味を引こうか頭を悩ませております.そこで光工学分野の研究では新規イメージング技術などD科の学生にも興味をもってもらえそうなテーマも積極的に実施していく予定です.とくに近年はイメージング技術・光学技術にもAI・情報技術との融合が欠かせません. D科にはAI・情報分野を専門とする若手教員もおられますので,協同して学問分野の枠を超えたD科らしい教育・研究が展開できればと思っています.

私は10年近く海外で博士研究員をしていたこともあり,学科では国際PBLなどの国際関係の業務を多く担当させていただいています.国際交流活動への参加希望を学生に聞いてみると,ご多分にもれずD科も英語に苦手意識のある学生は多く,海外に興味はあってもなかなか積極的に参加する気にはなれないようです.最近は翻訳技術も私の学生時代より格段に進化しており,英語論文もAIによる要旨翻訳である程度内容が把握できてしまうため,英語を勉強する必要性は薄れてきています.それでも国際PBLなどに参加して生きた国際交流を経験した学生は,コミュニケーションにおいてアプリを通さずに自分で英語を話せることの重要性と楽しさを実感してくれています.

留学経験者,国際PBL担当としては,できるだけ多くの学生に国際交流の楽しさを知るきっかけとなる体験を提供してあげたいという思いがあります.国際交流を含む新しい活動の実施に向けて,今後ともOB・OGの皆様にはご支援ご協力のほどよろしくお願いいたします.

電子情報システム工学科 安國 良平

学生さんの底力を知る出会い

私は現在電子クラブの副会長をさせていただいています。吉田と申します。

現在、私はオンキヨー株式会社で働く傍ら大阪工業大学電情報システム工学科では「情報と職業」の非常勤講師をさせていただいております。現在のオンキヨー株式会社は元々オーディオメーカーのオンキヨーの研究開発部門が独立した会社で、仕事は「音」を主体としつつも音響センサとAIを使った仕事へと変わっています。もちろん従来の音に関する回路技術はAIで音を扱うために行う「音のデータ収集」において必須の技術で、より高感度・低ノイズで信号を増幅しデータ化できるよう日々技術を磨いており、まだまだ毎日が勉強中です。

最近では老舗の電子回路雑誌「トランジスタ技術」での回路記事の連載や特集記事も執筆させていただいており、これは特に国内の一流の技術者の皆様の目に留まるものであり、厳密な記事が要求されるため、実際執筆にはとても負荷がかかります(胃が痛くなることもしばしばです・・・)が、気を引き締め自身の技術の再確認と向上に役立てさせていただいています。

前述の情報と職業の講師は2017年よりさせていただいていますが、講義をとおして現役の学生さんと毎年交流させていただくことが本当に楽しみです。

講義を受けてくださる学生さん、みなさんがしっかり講義を聞いてくださり、講義ではほぼ毎年質問を頂いています。数回の講義において前週の講義で頂いた質問は、次の週に必ず回答するというスタイルを当初より続けているおかげか、学生さんとの交流もすごく深まっています。

昨年は、「情報と職業」の講義を受けてくださっていた学生(北村太慈さん)さんが自身の電子工作の成果を見てほしいとのことで、研究室に呼んでいただく機会をいただき、光伝送のオーディオ回路やハードウェアのオーディオ帯域ごとのレベルメーター(オーディオスペクトラムアナライザ)など数々の素晴らしい作品を見せていただきました。

丁度そのころ、トランジスタ技術を出版しているCQ出版社の編集者の方から「若手の執筆者を育てたい」との意見もいただいていたので、思い切ってその学生さんに「記事を書いてみませんか」とお話しした所、快く受けていただき、テーマとしては彼が所属している大阪工業大人力飛行機プロジェクトで、Arduinoを用いた人力飛行機の制御回路を題材に書いていただくことになりました。

もともと電子工作が得意でとても高い技術を持っておられる学生さんで、執筆すべき内容がどんどん溢れ出てきて、私もびっくりするほど優秀な学生さんでした。

私も微力ながらですが、本文の仕上げ方、トランジスタ技術での表現の仕方などアドバイスさせていただきつつ校正、出版まで実施していただくことができました。

最終的に廣芝先生のご指導もいただきつつ、記事は連載の形で、トランジスタ技術2024年3月号・4月号・5月号に掲載されました。さらにその後、彼自身の大学院での研究内容

についてトランジスタ技術Jr.2024年春号においての掲載もやり遂げておられ、大学からも表彰していただくことができました。

「情報と職業」の講義を通して今回のトランジスタ技術の執筆に関しての学生さんとの交流以外にも、たくさんの学生さんとの出会いがありましたが、このような機会を通して私自身が思うことは大阪工業大学の学生さんは本当にすごい人材の集まりだなぁということです。

またそのような素晴らしい学生さんに出会い触れる機会を得ることができたのも、大阪工業大学の発展はもちろんですが、電子クラブでの活動をさせていただいているおかげと思っております。

また、そのような学生さんと触れるなかで、私自身ももっと磨かねばと常々思っており日々精進しますとともに、今後も学生さん自身の可能性と力を発揮するためのアシスト役としてお役に立てれたらと考えております。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

<参考>

大阪工業大学 受賞・表彰ページ

トランジスタ技術 2024年3月号・4月号・5月号、トランジスタ技術Jr.2024年春号に掲載されました

https://www.oit.ac.jp/japanese/prize/show.php?id=415

廣芝先生からの母校探訪

今回 OB の皆様への母校探訪の記事を書く機会をいただきました,廣芝です.この母校探訪は,前回の記事が2020年の新4号館が竣工,その前が2019年の上野先生の着任ということで, 4年ほどあいてしまっていました.私が着任したのは2021年4月で,母校探訪の記事では,本来は新任の教員が着任のごあいさつをする意味もあるようです.しかし,私が着任したときは新型コロナ禍のまっただ中で,それどころではなかったというのが正直なところでしょうか? 私はといえば, 2022年,2023年度に電子クラブの会計も務めさせていただきましたので,すでに私のことをよく知っているという幹事も複数おられ今更という気は致しますが,どうぞよろしくお願いいたします.

さて,この4年間で学科の構成員も随分と入れ替わりました.私は,矢野先生の退職に伴って半導体デバイス分野の教員として着任しました.専門はフレキシブルデバイス,有機半導体,酸化物半導体などの電気電子材料になります.私が着任してから小寺先生,西口先生,淀先生,上野先生の4名が退職され,私の着任以降に新たに5名の先生が着任されました.学科の顔が約半数入れ替わり,雰囲気も大きく変わりました.私が着任したときからD科でもクラス担任制が導入され,きめ細やかな指導が行き届くような体制に変わりました.1年生で私のクラスで入学してきた学生もすでに4年生になっており,その一部は卒研生として私の研究室に所属しています.時の流れはとても早いものです.最近の学生は,子供のころからスマホやタブレットが比較的普及していた世代ですので電子工作や,回路に興味があるという学生は減っており,プログラムや情報系の志向が強いように思います.ましてや電子工作や回路で使う素子を半導体材料から作る研究というのは,なかなか興味が持ちづらい分野でもあります.コロナの期間で幸いしたのは,世間をにぎわした「半導体不足」という言葉で,「半導体」はなんだか大事.「半導体」のことを知っていると将来役に立つかも.「半導体」のことがもっと知りたい!という稀有な学生さんが,たまたま何年か続けて私の研究室を選んでくれましたので,興味を持って研究に取り組んでくれています.研究のほうも徐々に軌道に乗って, 昨年度M1(現M2)の楯凱貴くんが電気学会で技術委員会奨励賞を頂けるという幸運にめぐまれるなど,徐々に進んでおります.また,昨年度はB4の北村太慈くんが「トランジスタ技術」という雑誌に人力飛行機の電装部門の活動成果が3月連続で記事として掲載されました.これは,電子クラブの幹事であり学科の非常勤講師も務めていただいている吉田誠先生のご指導ご助言もあり,大変良い記事と好評のようです.

一方で学科の仕事に目を向けますと,今年度からキャリア支援担当として,企業の方々と面談をする機会も多くなりました.どの企業の方も,人材確保に苦慮されている様子がうかがえ,あの手この手で学生に興味を持ってもらえるようなインターンシップや,イベント,会社説明などに工夫を凝らされているのがうかがえます.超氷河期といわれた2000年代に大学生であった私からすれば隔世の感があります.半面,学科の入り口に目を向けますと一時期の情報系人気に陰りが見えてきている気がしてなりません.電子情報システム工学科の担う分野は広範ですが,如何に興味を持ってもらえるか,いかに選んでもらえる学科となるべく魅力を高めていくか,だんだんと課題が浮き彫りになりつつある気もしています.

このような時代だからこそ本学科のOB・OGとしてご活躍されている皆さまと交流を持てる電子クラブという組織での交流が今後重要となっていくのではないかと思っております.今後ともよろしくお願いいたします

電子情報システム工学科 廣芝伸哉
研究室HP: https://hiro48n.wixsite.com/hiroshiba-lab/