技術者育成の課題と展望 ~アジアの中の日本という視点から~ その1 留学生教育とベトナム事情

電子工学科1977年卒  杉町 宏
(立命館大学キャリアセンター勤務)

私は、本学電子工学科を1977年に卒業後、長年、コンピュータシステムの開発に携わってきましたが、最近では、私立大学職員として大学における人材育成に関わってきました。とりわけ、IT技術者の育成には、私自身の経験を通して培った思い入れがあり、日本の将来を担うIT技術者の育成に生涯を通じて尽力したいと考えています。そこで、今回と次回の2回に渡って、この間、私の携わったプロジェクトの様子などをご紹介して、今後の日本における技術者育成の課題をご一緒に考えて頂ければと思います。

さて、ご存知のとおり、今やITは、様々な製品やシステムに応用され、社会に不可欠な基盤技術です。ITは技術革新が目覚しく、急速にその適用範囲が拡大されるなかで、開発を担うIT技術者育成のニーズは一段と高まっています。しかし、日本では大学進学者の理工系離れが進行するなかで、決定的にIT技術者が不足するという深刻な事態に陥っています。産業界はこの事に大きな危機感を覚え、経団連が緊急提言として高度ICT技術者育成を国家政策として推進するよう訴えてきました。しかし、日本ではとかく技術者が冷遇され勤務条件もあまり良くないことから理工系離れを加速し、とりわけIT技術者はきつい仕事を強いられると言った誤ったイメージが受験生やその父母の間に浸透し、志望する生徒が減少していると思われます。

一方、このような日本の深刻な状況をよそに、日本以外のアジア諸国では、IT技術者を志す若者が増加し、国家政策により優れた技術者を輩出するようになってきました。その理由の一つはIT技術者の社会的ステータスが高く、他の職業に比べ高収入で厚遇されているからです。中国においては毎年、日本のIT技術者とほぼ同数のIT技術者が大学から輩出されていると言われていますから、正に脅威です。

そこで、日本企業によるIT分野の開発は、アジア諸国に対して、優秀で日本に比較すると人件費の安いIT技術者を求め、そうした国との協業すなわちアウトソーシングが急速に進展しています。しかし、現地の言葉はもとより、英語や文化にも精通していない日本人技術者と現地技術者の間で、コミュニケーションやマネジメントにおいて多くの問題が発生しており、日本とアジア諸国の架け橋となるブリッジ人材が求められています。

このような状況のなかで、経済産業省と文部科学省が初めて連携した「アジア人財構想プロジェクト」が発足し、国家政策としてこのようなアジア諸国と日本のブリッジ人材の育成が行われてきました。

私が立命館大学の情報理工学部事務長在任中に、このプロジェクトの人材育成プログラムの公募があり、学部長と協力して「産学連携による実践的ITマネージメント人財育成プログラム」として提案申請を行い、採択されました。このプログラムは、専門教育において産学連携による技術教育の豊富な経験とノウハウを活かすとともに、1000時間におよぶ徹底した日本語教育と日本ビジネス文化理解を施し、MOT(技術経営)の知識も合わせて教授し、さらにキャリア教育の視点を多く取り入れた大学院修士課程のプログラムとして開講しています。その成果は、中国・ベトナム・タイなどから優秀な留学生(現地のIT関連学部を卒業)を受入れ、全員が日本のIT関連のトップ企業に就職し、国や産業界からも高く評価されています。

参照:http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/ise/ahr/

これは単に日本ファンの留学生をマネージメントのできる高度技術者として育成することに留まらず、日本人学生と同じ研究室で学び研究することによって、日本人学生の国際感覚を醸成し、モチベーションを高めることにも非常に大きな効果が期待できます。実際、日本人学生は自分自身が留学をしなくとも、日常的に外国人に接することによって必然的に他国の文化や事情、考え方を知ることになり、社会に出てからの仕事の有り様を擬似体験するとともに、彼らの頑張る姿に触発されて研究に取り組むようになっています。

このように、大学においても産学連携によって現実的な課題に即した技術者育成が求められていますし、それを着実に実施して成果をあげて行かなければ科学技術立国日本の行く末は厳しいものがあると言っても過言ではないでしょう。しかし、この国のプロジェクトは事業仕訳けにより中止が決定しました。教育や人材育成の取り組みはそれこそ10年以上のスパンで見ていかないとその成果は生まれないものです。短期間に成果が出ないものを切り捨てるという政府のマニュアル的な対処に憤りを感じる今日この頃です。

このほかにも経済産業省、文部科学省、経団連、JICAなどが公募した技術者育成のプロジェクトに数多く採択され、先生方や企業の方々と共にIT技術者育成に取り組んできましたが、この「アジア人財構想プロジェクト」と国際協力機構(JICA)からODA事業として受託した「ベトナム国ハノイ工科大学ITSS教育能力強化プロジェクト」は特に印象深いものとなりました。

今回はこのベトナムにおけるプロジェクトについてもご紹介したいと思います。

私がはじめてベトナムのノイバイ国際空港(ハノイ)に降り立った時の印象は、到着ターミナルの電灯はほとんど点いておらず、薄暗いなかに軍服に良く似た服装の空港係員が所々に立っていて、これが共産主義国かと妙に緊張したのを覚えています。しかし、空港からハノイ市内に向かうタクシーから眺める風景は、初めて来たとは思えないほど懐かしさを覚えるものでした。所々未舗装のハイウェイ?を車に揺られながら、牛を使って田んぼを耕す風景を眺めていると、小さい頃の田舎の風景とオーバーラップされて、心が落ち着くのでした。車がハノイ市の中心部に入ると風景は一変して、道にはバイクが溢れかえり、クラクションを鳴らし続けながら、我先に信号を無視して行き交い、実に活気に満ち溢れた町でした。これも随分昔に日本の都心部で見られた光景です。実際、ベトナムの人々と接すると実に親日であることが判ります。日本はODAでも相当の支援を行っており、主要な道路や橋梁などは日本の手によるものです。国民性も儒教の国ということもあるのでしょうか、日本人と似かよったところがあり、家族的で勤勉なところがあります。

早朝から活気溢れるハノイ市街

ベトナムはBRICsの次に経済成長が期待されているVISTAの筆頭であり、2000年代に入り中国の経済成長をモデルとして急速に発展を遂げています。最近では、弱点であるインフラ整備を協力に推進しており、ハノイ-ホーチミン間の新幹線や原子力発電所の建設計画で日本の支援を期待しています。また、工業発展のために教育の高度化を国家政策として推進しており、とりわけ技術者・研究者の輩出に注力しています。日本をはじめとする先進諸国と教育に関わる数多くの協力関係を構築していますが、例えば、2020年までに2万人の博士を育成するという国家政策があり、日本にも多くの研究者育成を要請しており、2国間で協力に関わる覚書が交わされています。私の勤務する立命館大学でも理工学研究科で博士課程に留学生を受け入れていますが、ベトナムでは現在、高等教育に非常に力を入れており、もともと勤勉な国民性に加えて、このような情勢のなかで、祖国の発展と家族の生活向上のため、学生達は国家政策に応えて、必死に勉強しています。

私が参画した「ベトナム国ハノイ工科大学ITSS教育能力強化プロジェクト」は、将来のベトナムの産業界を支える高度IT技術者を輩出するために、工科系最高学府であるハノイ工科大学のなかに新しいITスクールを設置するというものです。プロジェクトでは先進のカリキュラムやプログラム開発、演習・研究方法について、教員をはじめとする教育研究者に指導・援助するとともに、施設設備整備のための数十億円規模の円借款を行っています。このなかで私はプロジェクト事務局長とITスクールの管理運営に関するJICA専門家としての役割を担いましたが、そこで、ベトナムのみならず日本の将来の技術者育成について多くの事を考えさせられました。

参照:http://www.jica.go.jp/vietnam/activities/project/02.html

ハノイ工科大学電子図書館(プロジェクト事務局がある)

私がこのプロジェクトで最も印象に残ったのは、ベトナム人学生と日本人学生の取り組み姿勢の違いです。このITスクールの学生は、確かにベトナムでも最難関の入学試験を突破した優秀な学生ですが、そのハングリー精神には驚かされます。亜熱帯に位置する関係で授業は朝の6時から始まり、2時間の昼休憩(暑いので昼寝をする)を挟んで夕刻までありますが、真剣に授業に望み、その後もほとんどの学生が図書館に残って夜遅くまで勉強をしています。

私が授業を参観して驚いたのは、Cプログラミングの授業でした。大学のコンピュータ設備は円借款により整備されていますが、自分でコンピュータを持っていない学生は、その時間が勝負ですから私語をしないのは言うまでも無く、一心不乱にコンピュータに向かって与えられた課題をこなしていきます。その日の課題は事前に判っているため、予め机上でプログラミングを行いノートにびっしりとソースコードを書いてきていることには正直関心させられました。私が話を聞いた学生は睡眠時間が毎日2-3時間と言っていましたが、皆が本気で勉強しています。そして、多くの学生が卒業したら欧米や日本に留学し、大学院を出て、欧米や日本の企業に就職し、将来的には祖国で起業したいと考えています。

ハノイ工科大学ITスクール授業風景(白いシャツが筆者)

ベトナムの人口は8600万人ほどですが、実に人口の70%が30歳以下という人口構成から考えて、若者の人口で言えば日本を凌いでいることになります。こうした国で教育力・研究力が高まれば近い将来、大きな成長を遂げるのは容易に想像がつきます。私はこのプロジェクトに参画して、とてもやりがいのある仕事をさせて頂いているという達成感と共に、現在の日本人学生の実態を知る者として、科学技術立国日本の将来について些かの不安を感じたのでした。正直、現地での仕事を終えてホテルで休む前に酒を呑みながら、私はこの仕事をしていて良いのか、それより日本での仕事に注力すべきでは無いのかと疑問を感じたことさえありました。しかし、日本における技術者育成の課題は当然のことながら克服し、成果を高めていかなければならないのですが、昔のように日本が一人勝ちをするという時代ではなく、グローバリゼーションのなかで、アジアの中の日本という視点を強く持ちつつ、そのなかで日本がリーダーシップや役割を発揮し、共存共栄の道を探っていく必要があると強く実感しています。その意味において、技術者育成や産業の国際的協業のあり方を真剣に考え、実践していくべきではないでしょうか?

次回は中国の事情についてご紹介したいと思います。